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西薗良太が教える「自転車競技のウォーミングアップ」

西薗良太が教える「自転車競技のウォーミングアップ」
レース前のウォーミングアップの様子

スポーツする前にはウォーミングアップ

どんなスポーツでもよく言われることですが、自転車競技におけるウォーミングアップはどんなことをやればいいのでしょうか。
自転車競技におけるウォーミングアップ方法というのは確立されているものではなく、選手個人の好みによるメニューで行われることが多いです。

何か指針がないと、どうやればいいかわからない。
そう思われる方もいらっしゃると思います。

そこで、元全日本TT王者であり自転車業界きっての理論派である西薗良太さんに学術的資料を参照してもらい、自転車競技によるウォーミングアップ方法についてまとめていただきました。

※スポーツに正解はありません。この記事を参考に、みなさまに最適なウォーミングアップ方法を作りましょう。

○目次

●西薗良太
1987年9月1日生まれ、170cm、62kg
東京大学在学中、3年次全日本学生個人TT、インカレロード優勝
4年次、個人TT連覇、インカレロード2位
卒業後プロロード選手に
2012年全日本個人TTエリート 優勝
2012年ツールド北海道個人総合2位(日本人1位)
2013年Tour of Japan 個人総合6位(日本人1位)
2016年全日本個人TTエリート 優勝
2017年全日本個人TTエリート 優勝
2017年をシーズン終了をもって選手引退
2018年4月より東京大学情報理工学系研究科修士課程在学中

概要

競技前にウォーミングアップを行うことで、競技のパフォーマンスを向上させられるということは広く知られています。
しかし、ウォーミングアップによって何を達成しようとしているのか明確に意識したことがある方は少ないのではないでしょうか。小学生ぐらいからラジオ体操や体育の準備体操など、ウォーミングアップを天下り的にやってきたがゆえに、細かい理由までは考えないものです(僕もそうでした)。選手になるとなにせ明日の飯がかかっているものですから(笑)、よく考えるようになりました。この記事はその集大成になります。
以下の記事を読むと、ウォーミングアップに関して現在までスポーツ科学者が分かっていることについての理解が深まり、競技に合わせたウォーミングアップの方法を選ぶことができるようになると思います。

とはいえ解説を読むのが面倒な人向けの、90点をほぼ確実に取るためのウォーミングアップ方法

  1. 軽い強度で暑さに気をつけながら10分間流す
  2. 30秒〜1分程度、レースペース/最大酸素摂取量領域/強度高め(会話ができなくなるレベル)で4-5回のインターバルを行う。間隔は十分に身体が回復したと感じられ、呼吸も心拍も落ち着くのを待ったほうが良い。また、精神的に十分に準備ができる程度間を離すというのも重要。レース前にキツさを体感して、これから来る負荷に対する気持ちを作る。
  3. レース前に最低10分程度、筋肉を冷やさないように保温しながら休憩する。汗をきちんと拭いて着替える、快適な空調の部屋や車に行く、着込む、等の方法があります。

ウォームアップが自転車競技に効果を与えるメカニズム

ウォーミングアップの効果は

  1. 筋肉の温度上昇によっておこる身体の変化
  2. 活動後増強( Post Activation Potentiation )
  3. 心理学的な効果

によって起こるとされています。

筋肉の温度上昇によっておこる身体の変化

効率よく脂肪や糖を運動に変えるエネルギー代謝機能の向上、筋肉の発揮する力や効率の変化に伴う筋繊維のパフォーマンス向上、神経信号の伝達速度が上がることによる反応の向上といったものがあります。自転車競技の言葉でいえば、身体が十分に温まっていることで酸素を効率よくエネルギーに変える力が向上し、筋肉はより容易に力を発揮でき,足の回転数も上げやすくなるということです。
これらは筋肉が37度前後のときに最大限効果を発揮するとされ、通常10分程度軽い負荷でウォーミングアップをすれば達成できることがわかっています。逆に外気温が暑い場合には特に深部体温(胴体内部の温度)が熱くなりすぎないように注意が必要。これは深部体温が上昇すると身体が防御反応を起こし、パフォーマンスが低下するためで、要は人間は暑いとしんどいということ。必要に応じてクーリングベストや扇風機で調整しましょう(とはいえ冷えすぎても意味がありません)。
クーリングベストや扇風機は表面から血流を利用して深部体温を下げますが、アイススラリー(かき氷の1種)を丸呑みすると中からダイレクトに冷やせます。
また、体温が適正に上がっていることは、競技開始後心肺機能の立ち上がるスピードを早める効果があります。通常、高い負荷で運動を開始してしばらくしてから(通常30秒程度)、呼吸が早まり、心拍が増えて呼吸・循環器系の活動が運動強度に追いつくことが知られています。このタイムラグの間、酸素を多く使うエネルギー生産(有酸素系)をうまく利用することができず、疲労の原因になるといわれています。ウォーミングアップをしていると、負荷に心肺機能が速く追いつくことがわかっています。これは経験的にも納得ですね。

活動後増強(Post Activation Potentiation, PAP)の利用

Post-Activation-PotentiationもしくはPAPとは、爆発的な筋力発揮を競技開始前に数回短く行っておくことで本番の筋力やパワーが向上する現象のことです。試合前に試合と同じか、ほんの少し低い負荷で数回もがいておくと、本番で楽に同程度のパワーや筋力がでるという効果が得られます。ウォーミングアップ中に3-4回、数秒から数十秒高い負荷でペダリングをすることで、本番で高い筋力を発揮するのを助けることができます。とても高い負荷で数分で終わるようなエフォートに特に効果があります。
事前運動による消耗もあるので、競技前の力発揮後、本番までに十分な(10分+)休憩を挟むことが必要です。トラック種目スプリントなどの本当に短い競技に限らず、シクロクロスのスタートなども最初の10秒でほぼフルスプリント負荷を出すことがあり、高い負荷を出しておくことがレース序盤の身体の負担を減らすことになるでしょう。ウォーミングアップで高出力を出す場合には、そのために使うローラー側も高負荷への対応が必要となります。
(GT-Roller M1.1では最大900W程度まで対応!)

心理学的な効果

いわゆる心の準備です。スポーツ心理学の観点から、試合前に本番と似たような動作をすることで

  1. 精神的なリハーサルを行う
  2. 注意をこれからの本番に向けて狭める
  3. 自信を高める

という手法を高い競技レベルの選手が多く実施していることが知られています。個人差も大きいところだと考えられるので、音楽を聞いたり、競技の展開をイメージしたり、試行錯誤によって自分にあった方法を見つけましょう。

ウォーミングアップをする注意点

超高強度・短時間(~30sec)の競技、例えばトラック競技のスプリントやケイリン・チームスプリントでは特にリカバリー時間が充分でないとパフォーマンスが顕著に低下することが知られています。そのためエンデュランス種目以上にウォーミングアップから競技開始まで十分に休憩することが重要です。これは標準的には10分以上とされていますが,こういった短距離選手は筋肉の組成が特に偏っているためにより長時間必要である可能性もあるようです。休憩している間には、厚着をする、温かい空調の部屋にいるなど、筋温を落とさないための配慮が必要となります。
ロンドンオリンピックで多くのメダルを獲得したイギリスチームは電熱線の入った「ホットパンツ」をウォーミングアップ後から試合前まで着ていましたが、そこまで大げさなことをしなくても、アップ中の汗で濡れた服を着続けない、厚着をする、などの工夫で十分に有効です。
パッシブ(受動的)ウォームアップ、つまり風呂・シャワー・温かい服・サバイバルジャケットもしくはエアコンで身体を受動的に温めても、これまであげてきたようなウォーミングアップによる効果に近いものが得られることが知られています。極寒のシクロクロスや冬のレースで無理に外に出て身体を冷やすよりも、車の中でエアコンを全開にして厚着するほうが良いこともあるでしょう。

ウォーミングアップをする方法の選び方

フローチャート

*短距離とは数分程度で終わる競技を指し、長距離とはそれ以上のものを指す。

【メニュー例】
A「パッシブウォームアップ」 風呂・シャワー・温かい服・サバイバルジャケットもしくはエアコンで身体を受動的に温める
B「数回だけもがく」 スプリント-10秒 レスト-2分 のインターバルを5セット程度
C「体を軽く動かす」 5分程度のごく低い負荷 or ジョギング
D「10分程度の軽い負荷」 会話を切れ目なくし続けられる程度-10分
E「高い負荷で本番中をイメージ」 クリテリウムの場合 話すことのできない負荷-30秒 レスト-30秒のインターバルを4セット程度
F「保温対策をする」 厚着をする、温かい空調の部屋にいるなどの対策
G「10分程度の休憩」 筋温を落とさず休憩

ケーススタディ

(補足)1-3については、実際に西薗良太選手が行ったウォーミングアップメニューです。

1. 2016年全日本選手権タイムトライアル(50分程度の平坦基調のタイムトライアル)の場合

  • 午前中に試走(~30分)
  • 10分間の会話ができる程度の負荷
  • 5分間の徐々にペースアップ。乳酸閾値レベル(会話がしづらくなる程度の負荷)へ
  • 5分軽く回す程度の負荷
  • 数回の高回転走(当日の調子によりけり)
  • 5分の軽く回す程度の負荷
  • 3分程度の会話が辛い程度の負荷
  • 10分程度の会話ができる程度の負荷
  • 最後に5-10分の軽く回す程度の負荷
  • 軽く実走して10分前までにはすべてを終える。計40分弱

2. 2016年Tour of Japan 富士あざみラインステージ(11.4km 10%超のヒルクライムレース)の場合

  • パレード走行(30分程度)
  • スタート15分前まで軽く回してで身体を冷やさないようにしながら(現地は少し寒かった)、1分半ほど会話できない程度の負荷領域で2回程度のエフォート

3. 2017年Tour of Almaty 171.2km(平坦基調・4時間のロードレース)第1ステージ無難に完走(65位)の場合

  • 極寒(2度ぐらい)のために,ひたすら車でエアコンかける

(スタート直後から激しいアタック合戦があったがくぐり抜けることができました)

4. Michael Rogers タイムトライアルに関する一般的なアドバイスとして挙げるウォーミングアップの例

https://cyclingtips.com/2017/05/prepare-individual-time-trial-part-ii-warm-recovery/

  • 5分軽く回す程度の負荷
  • 徐々に会話が辛いレベルまで負荷を上げる
  • 5分程度軽く回して息を整える
  • 3~4分会話ができないレベルで漕ぎながら,3回スプリント
  • 軽く回して5分 計25分程度

これは10分〜1時間程度の長いタイムトライアルを想定していると考えられます。

5. トラックスプリンター(ケイリン・スプリント・チームスプリントなど)のウォームアップ

  • 比較的ウォームアップ時間は長いが、ペースは本当にゆっくりとする、そして数回の極めて短時間高強度のスプリントが入る。その短さは、ときにペダル数回転ぶん,ということもありうる。[4]

最後に

ウォーミングアップは仕組みがわかってしまえば、やることはとてもシンプル。それほど長時間する必要もないし、何が達成されていればよかというのもそれほど難しくありません。心の準備という面は個人差も大きいので、音楽を聞きながらやったり、競技をイメージしたり、各自がぴったりくる方法を編み出していただけたらと思います。


【本文中の強度表現とパワー・トレーニング・ゾーンの対応表】
L1-ごく低い負荷/軽く回す
L2-会話を切れ目なくし続けられる程度/会話ができる程度の負荷
L3-
L4-乳酸閾値レベル/会話が辛い程度
L5-会話ができなくなるレベル
L6-
L7-スプリント


【主要な参考文献】
[1]Bishop, David. “Warm up I.” Sports medicine 33.6 (2003): 439-454.,
[2]Bishop, David. “Warm up II.” Sports medicine 33.7 (2003): 483-498.,
[3]McGowan, Courtney J., et al. “Warm-up strategies for sport and exercise: mechanisms and applications.” Sports medicine 45.11 (2015): 1523-1546.,
[4]Michael Hutchinson. “Faster: The Obsession, Science and Luck Behind the World’s Fastest Cyclists” (2014) Bloomsbury Sport https://www.bloomsbury.com/uk/faster-9781408843741/
[5]ジェイムズ・ウィッツ「世界最高のサイクリストたちのロードバイク・トレーニング:ツール・ド・フランスの科学」(2018)東京書籍

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