EQUAL コントロールレバーの企画も4回目に突入しました。
前回は、遂にレバーの本体に突入し、内部機構がどのように動くかを解明しました。
コントロールレバーの理屈がわかると、これまでのグループセット外同士での組み合わせなど、カスタマイズの選択肢は一気に広がりますね!
中には「どんな変速機を使おうか」と考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ところで皆さんは、今日の変速機が如何にして進化を遂げてきたのか、どの程度ご存じでしょうか?
また、今日におけるディレイラーの形状やデザインのルーツは、一体いつ、どのメーカーのものなのか、気になりませんか。
それらを深く理解する事で、サイクリングの楽しさも更に深まる事でしょう。
よって、今回のテーマは「変速機の進化の歴史」についてです。
第1回と同様、歴史を掘り下げたものになるため、相当に長くなりました。前編・後編の2回に分けてお送りします。
第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 | 第6回 | 第7回 | 第8回
黎明期
外装変速機の先駆け
初期のダブルコグ時代(第1回参照)を経て、当時主流だったのはスライド式の変速機です。
ワイヤーの引きとシャフト部分のリターンスプリングを使って、プーリーゲージを左右にスライドさせて変速を行うという、シンプルな仕組みでした。
当時の有力メーカーはフランスのサンプレとユーレーで、日本メーカーにも大きく影響を与えました。
転換点
1950年頃にカンパニョーロが発売したグランスポルトです。
今では当たり前の、パンタアームに2個のプーリー(ガイドプーリー・テンションプーリー)というパーツ構成が初めて採用されたモデルです。
パンタアームは今と違って縦型であるものの、従来のスライド式に比べて剛性が高く、操作性や変速性能も向上しました。
グランスポルトを使った選手がツール・ド・フランスで結果を残したことで、カンパニョーロはその名を馳せ、1960年代以降は業界の中心的存在となります。
国内メーカーが生み出した歴史的機構
この頃、日本は第一次サイクリングブームがあり、国内の大手メーカーが変速機付きのスポーツサイクルを造り始め、愛好家やクラブが全国に広まっていった時代でした。
また、日本のメーカーは海外メーカーのディレイラーを真似たり、ノックダウン生産を行ったりして、少しずつ技術やノウハウを蓄積していった時代でもありました。
シマノが変速機の製造を始めたのもこの頃です。
スラントパンタ機構
やがて1960年代になると、スポーツ振興法の制定や東京オリンピックの開催といった動きから、第二次サイクリングブームが起きました。 この頃に有名になったメーカーと言えば、かつてシマノと肩を並べたサンツアーです。
同メーカー最大の功績と言えば、横型パンタグラフ構造を利用したスラントパンタ(正式名称:スラントムービングパンタグラフ)機構を生み出した事でしょう。
縦型と横型の違い
従来の縦型パラレログラム構造と比較して、横型のスラントパンタ機構のディレイラーはどのように動くのでしょうか。
まず、縦型の場合ではアームを縦方向に動かす都合上、ローからトップの小さなスプロケットの直下に移動するに従って、ガイドプーリーとスプロケットの感覚が大きく離れていってしまいます。
すると変速のレスポンスが悪くなるため、ロー側の時に比べてアームを大きく動かす必要があります。
これが縦型パラレログラム式の欠点で、実際のレース現場では、ややオーバーストローク気味にレバーを振り、変速させた後にレバーを少し戻す、といったコツが必要だったと言います。
対してスラントパンタ機構では、横型パラレログラム構造に加え、更にパンタアームをスプロケットの斜面に沿って、ナナメに動かす仕組みになっています。
これにより、ガイドプーリーはスプロケットとの絶妙な距離を保ったまま左右に動くことができ、ローからトップまでのギヤ変速性能が向上しました。
(横型=スラントパンタ機構ではない点に注意してください。)
サンツアーのスラントパンタ機構は同社の専売特許となり、20年間独占状態で一大ブランドを築き上げました。
サーボパンタ機構
このような状況下で、シマノはサンツアーに対抗してサーボパンタ機構を考案し、変速性能の底上げを図ります。
これまでのディレイラーは、プーリーケージ(テンションアーム)の稼働軸に仕込まれたスプリングを利用してチェーンの張りを保っていました(Pテンション)。
サーボパンタ機構では新たに、ディレイラーとフレームのエンド部分を繋いでいる、ブラケットの部分にもテンションスプリング(Bテンション)が組み込まれ、ディレイラーの根元から可動するようになりました。
(テンションの名称については諸説ありますが、本項においては前述の呼び方をします。)
ディレイラーにテンションが加わった事によって、どのような大きさのスプロケットに対しても、ガイドプーリーとの位置が一定に保たれるようになりました。
スラントパンタ機構がスプロケットの傾斜に合うよう斜めに動くのに対し、スラントパンタ機構は現在のスプロケットに合わせてガイドプーリーを適切な距離に保つための仕組みです。
スプロケットが大小バラバラの並びだったとしても、理論上はそれぞれのスプロケットと一定の距離を合わせたまま変速する事も可能になります。
変速性能はスラントパンタには及ばずとも、従来のモデルに比べて大きく性能を上げたと言えます。
成熟
1970~80年代になると、どのメーカーも完成度の高いディレイラーが開発されるようになります。
例えば、シマノが1971年に出したクレーンなど、軽量化も追及されるようになったほか、その数年後にはSISシステムの始祖ポジトロン(第1回参照)が登場するなど、誰にでも扱いやすく快適なものとなりました。
また80年代では、サンツアーのスラントパンタ機構が特許の期限切れとなった途端、どのメーカーも同スラントパンタを取り入れていました。
それほどに、ディレイラーにおいて重要な機構だったという証拠です。
スラントパンタやサーボパンタの機構が合わさった時点で、リアディレイラーはほぼ完成の域へ達していたと言っても過言ではないかも知れません。
これ以降、MTBコンポの登場、インデックス化、電動化、更なる多段化などによってディレイラーはより多様性を増していきますが、どれも基本構造は踏襲されています。
今回紹介した以外にも面白いモデルは沢山ありますが、割愛させていただきます。
変速機の「今」
シングルテンション
現在、主要メーカーの多くで新しく発売されるディレイラーの多くが、Bテンションスプリングを廃したシングルテンション式を採用しています。現代のシングルテンション式には、
- 転倒時に地面と接触してメカトラブルを起こすリスクが減る。
- 前面投影面積が減り、空気抵抗が少なくなる。
- 部品点数が減り、軽量化となる。
などのメリットがあり、これらの点だけを見ると非常に魅力的です。
メリットがあるとすると、デメリットは何かあるのでしょうか。
スプロケットへの追従性
従来のダブルテンション式であれば、Bテンションスプリングが機能し、どの位置のスプロケットに対しても、ガイドプーリーが適切な距離を保っています。
しかし、シングルテンションの場合はそうはいきません。スラントパンタ機構によるパンタアームの動きだけでカバーしなくてはならないので、どうしてもガイドプーリーの動きが直線的になってしまいます。
加えて、現代の多段化でスプロケットはよりワイドになり、ギヤ比の変化の大きな構成が増えました。するとスラント角のラインが大きなカーブを描くようになります。
結果、ガイドプーリーの移動ラインと離れてしまう部分が生じてしまいました。その部分は、変速性能が部分的に低下していると言えます。
ただ、これはあくまでも理屈の話であり、実際にはガイドプーリーの歯を長くするなど、変速性能を補う為の対策が取られています。筆者もシングルテンション式ディレイラーを使っていますが、変速に不満は感じていないので、メーカーの企業努力が伺えます。
ですが、もしかすると「何故か特定のギヤのときだけ変速が決まりにくくなった」、「せっかくダブルテンション式で変速が快適だったのに」など、シングルテンション式を残念に思う方はいらっしゃるかも知れませんね。
変速性能以外にも、対応するスプロケットの選択肢が減少したり、(走行上の問題ではないにせよ)ホイールの着脱に手間が増えたりするようになったのもデメリットです。
このように語ると、「シングルテンション式ってあんまり良くないの?」と思われるかも知れませんが、そんな事はありません。
実は、近年登場したフロントシングル専用のリアディレイラーに深く関わっています。
果たしてそれはどういう事なのか?
詳しくは後編でお伝えします!
まとめ
<今回のおさらい>
- カンパニョーロのグランスポルトによって、パンタアーム+プーリー2個というセオリーを定着させた。
- サンツアーのスラントパンタ機構により、スプロケットに沿って斜め移動が可能になり、圧倒的な変速性能を実現した。
- シマノのサーボパンタ機構では、Bテンション+Pテンションによって、スプロケットへの追従性が向上させた。
- スラントパンタ+サーボパンタ両方を取り入れたリアディレイラーの設計が、一つの完成形と言っても過言ではない。
- 従来では考えられない、型破りなシングルテンション式のデザインが近年のトレンドになりつつあるが、特有のメリット・デメリットがある。
(後編へ続く)