低価格帯のものも発売され、競技者だけでなく様々なサイクリストに普及が進んで来ているパワーメーター。
しかし、パワーメーターについてちゃんと理解が出来ていますでしょうか?
なんとなく「自分の脚に入れた力が数値化されている」といった認識の人も多いのではないでしょうか。
そんな方へ向けて「パワーメーターとは何か」を、自転車競技トレーナーの福田昌弘さんにお話を伺いました。
後編は各指標である「左右バランス」「トルク効率」「ペダルスムーズネス」と「パワーメーターの活用の仕方」についてです。
前編 | 後編
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左右バランス
──左右バランスってトレーニングに置いてどれだけ重きを置くべきなんですか
福田:それが非常に難しいところですけど。
左右差が60:40とか、10%とか開いているのであれば、気にしたほうがいいと思うんですけど、5%未満ですと、そこまで気にしなくても良いと思います。どっちかというと、顕著に左右の動きが違うとかがわかるのであれば、少し気を付けてトレーニングしたほうがいいと思うんです。
たとえば、後から撮影して見たら、骨盤が見るからに右に傾いているとか。あるいは、普通に真っすぐに立っていても、どっちかの肩が高いとか。
──数値が離れている人は、自分の身体を疑った方がいいというですね。
福田:そうですね。たとえば、自転車のフレームが若干歪んでても、まっすぐ走るんですよ。昔、Aっていう結構有名なこだわりの工房でフレームを作ったことあるんですけど、ちょっと歪んでないですか?っていったら「そんなの歪んでたって真っすぐ走るんだよ」って言われて。実際その通りなんですけど。
でも、これもあんまり歪んでいると、まっすぐ走らせるのに気を遣うんですよ。ちょっと歪んでるくらいならまっすぐ走るんですけど、この歪みが大きくなってくるとなにがあるかっていうと、自転車のどっかの部品に局所的に負荷がかかるんですよ。それが問題なんですよ。
人間の身体でも大きく左右バランスがある人は、大雑把に言うと、背骨が捻じれているんですね。その状態で真っすぐハンドルを握ろうとすれば、骨盤がズレちゃったりとかします。背骨は人間にとってのフレームです。ここが歪んだままその状態で使っていると、骨盤が傾くとか股関節の位置が左右非対称で、どっちかの股関節には強い負荷がかかる可能性が出てくるわけです。それで関節すり減らしちゃったりすると、自転車乗れないとかならまだしも、日常生活に影響が出ちゃうので。
もう一個別の視点があって、これケイデンスでもそうなんですけど。みなさんフィッティング等で一瞬だけ切り取って見てしまうんですけど、時間軸でみるとまた変わるんですね。一時間走とかしてみると、後半になるとケイデンスが落ちちゃう人とかいるじゃないですか。こういう人の左右バランスを見ると、例えば53:47だったって人が、後半になると55:45になったり、だんだん値がばらついてくるんですよ。
──今まで補正出来ていたものが、疲れてくると補正が効かなくなってきてしまうということでしょうか
福田:そうです。ただ平均値の左右バランスやケイデンスを見るのではなくて、前半と後半、出来れば10分毎に切ってみてみるとかする良いと思います。こうやって時間軸で見ることによって、自分の身体のことがよくわかってきます。
──では、左右差見ながら身体を調整していくわけですか
福田:たとえばですよ。あと10Wパワーを出せたらFTPが10W上がるみたいなことと一緒で。出せるなら出してるんですよ。出せないから出ないわけで、左右バランスもわかってて左右バランスを抑えられてるんなら、抑えてるんですよ。
だから、メーター見ながら直すというよりは、それを修正するために必要な陸上でのトレーニングだったり、背骨が捻じれてるひとであれば、背骨を戻すようなトレーニングがいるんですよ。ペダリングだけに問題があるのであれば、それに相応したドリルをする必要があります。
左右バランスの指標があることによって、いままでだったら「後半にパワーが出てません」しかわかってなかったのが、なんでパワーが出なくなったのかがわかるわけです。左右バランスがバラついてくるということは、動きが変わっているからで、ビデオを撮ってみて動きを修正するトレーニングしてみてもいいとおもいます。
トルク効率
──トルク効率ってなんでしょうか
福田:ANT+のですよね。この指標には似たようなものが二つありまして、パイオニアが提唱していたペダリング効率と、ANT+のガーミンが提唱しているトルク効率があります。
ANT+のトルク効率は、ネガティブなトルクが減ればトルク効率が100%に近づきます。逆に、後ろ脚に力が残っていると、トルク効率が悪くなるということです。
──後ろ脚を踏まないようにペダリングをすると良い数字が出るということですか
福田:後ろ脚を踏まないようにするというよりは、しっかりと前脚で踏めているかが重要です。クランクって左右につながっているので、右足がしっかり踏めていると、左足にあんまりペダルに力かからないんですよ。右足に体重が乗ってるので。ところが右足がしっかり踏めてないと、自分の体重がどこかに分散するということになります。そうするとサドルかハンドルか、反対側のペダルに荷重が掛かっちゃうわけですよ。
たとえば、SFR*みたいに低回転でちゃんとトルク掛けるトレーニングをしているときの効率見ると、高く出る。なぜかというとちゃんと前脚で踏めているからです。昔僕は、ANT+のトルク効率を表示しながら、100%になるようにSFRの練習してました。
*SFR:Slow Frequency Revolutions。低ケイデンスで重いギアを回すトレーニング方法。
──接線や法線は関係はないんですね
福田:そうですね。元々、ガーミンのVectorというパワーメーターを発売したときに出来た指標だと思うんですが、Vectorは接線とか法線とか分けて計測していないので、プラス側かマイナス側かのみにかかっているトルクから計算しています。なかなかいい計算式だと思います。ちゃんと踏むと100%になるので。
よくパイオニアのペダリング効率で疲弊している人が多かったんですけど、それはペダリング効率はわかりづらいからです。ペダリング効率は、接線方向の力の総和+法線方向の力の総和が分母で、分子が接線方向の力ですね。法線方向の力って0にならないので絶対100%にはならないんですよ。
また、基本的にペダリングが上手ければ上手いほど、同じケイデンスの場合一回転にかかる法線方向の力は、一定になるんです。そのため、ペダリングが上手な人は、トルクが高くなるにしたがって、分母のなかで接線方向に比率だけが増えていくので、ペダリング効率が高くなっていきます。
ペダリング効率は、こういったことを理解しないと分かりづらいです。
──ANT+のトルク効率のほうがわかりやすいということですね
福田:基本的にはトルク効率もパワーが高くなるほど100%に近づきやすくなるんですよ。なので、ちゃんとパワー出しているときには、90%越えくらいで踏めるようにはしたいですね。あと左右バランスのときもいいましたけど、時間軸でばらつきが大きいのは良くないです。同じ300Wで踏んでいても、100%から90%に下がってしまうよりは、95%で安定して踏めるほうが良いです。
最初のうちはSFRをトレーニングして、トルク効率を確認すると良いと思います。
ペダルスムーズネス
──ペダルスムーズネスについてはいかがですか?
福田:これが計算式があって、クランク1回転の平均パワー÷最大パワーだったかな。このペダルスムーズネスだけは、何回見ててもあんまり役に立つ気がしないんですよ。
──これはペダリングの良さというものではないのですか?
福田:これ10%から40%までが標準的って言われているんですけど、その中に入っていればあんまり気にしなくていいと思うんです。これもさっきの左右バランスと一緒で、10-40%にも入っていないとんでもないペダリングをしているのであれば、見直してもいいとも思うんですね。
──平均パワー÷最大パワーなので、瞬間的に強く踏むと、数値が低くなるということですか?
福田:低くなります。逆に、ペダリングにムラが少ないと数値が高くなります。つまり、ピークがないペダリングってことですね。数値が低すぎる場合、一瞬は踏めていても、他が上手に踏めてない。数値が高すぎる場合、一番力が入る90度のところで大きな出力を出せてないということになります。10-40%が標準ってありますけど、僕の感覚だと20-30%くらいかなって感じでしたけど。
──10-40ってかなり幅がありますもんね。
福田:幅がある数値っていうのは、大体あんまり役に立たないんですよ。ペダルスムーズネスは指標としては使いづらいですね。ミスリードになりがちなので、見ないほうが吉かなと。この数値見るよりは、他の数値をみたほうがいいんじゃないですかね。
ペダルスムーズネスも、ガーミンVector用に開発されたパラメーターなんですけど、それ以前にパイオニアがペダリングモニターを出していて、ガーミンも何らかの指標を出す必要があったんでしょうね。その時に計測できる数値から出せることをこねくり回して出してきたのがこれだなと。
優秀な指標は、数値が大きければ大きいほど良いやつですね。だからパワーが人気なんだと思います。
パワーメーターの活用の仕方
──ユーザーは、パワーメーターをどう活用するべきだと思いますか?
福田:今回、様々な指標を解説してきましたけど、その数値だけを見て一喜一憂しないことですね。
そもそも、パワーメーター自体が絶対的にパワーを計れていないですし、よく皆さんが使われている、FTPを基準としたパワートレーニングモデルも、多くの人には完全にはフィットしない…つまりズレている。あまり突き詰めないことが重要だと思います。
まずはふわってとらえてもらう。
──少しの数値の差で思い悩む必要はないということですね。少しでも数値がマイナスになったら、メンタルもマイナスになる方等もいらっしゃると思いますし。
福田:それは一番良くないですね。パワーメーターを外した方がいいですね。
たとえばFTPから始まるパワートレーニングモデルって、疲労度とかがわかるわけですが、その疲労度の計算式自体も、FTPがちゃんと計測できてないとダメなわけです。でも、パワーメーター自体が正確じゃないので、FTPという数値がちゃんと計測できない。だから、どうやったってズレるので、細かいことを気にしても仕方ないんです。
それでも、何となくこれくらい疲れているとか、これぐらいトレーニングしているっていうのはわかるわけですよね。それすらもないと、本当に疲れているのか疲れていないのかもわからないし、今十分なトレーニングをしたのかもわからない。
僕らパワーメーターがなかった時代には、何の指標もなかったですからね。今はパワーメーターがあるので、便利です。
──主観でしかわからなかったものが、数値化されて指標が出来ただけでもメリットがあるわけですね。
福田:数値化で1個重要なことを思い出しましたけど、ある程度走っていると、パワープロファイルってものがわかってくるじゃないですか。自分が5分走れるのは何ワットだとか、10分は何ワットだとか、わかるんですよ。
昔、坂道は全力で走るものだって言われて、とりあえず、最初の1分を全力でついていって、力尽きてあとボロボロで走るみたいなことしてました。でも、それをいくら繰り返しても強くならないんですね。
パワープロファイルが出来ると、この5分の登りは何ワットで登れるとか分かってきます。今は便利なことにSTRAVAとかがあるので、行く先の道何分だとかわかるんですよ。そしたら、この坂は何ワット、この坂は何ワット、みたいなことやっていくことが出来る。
そんな練習では強くならないと思っている人もいるんですが、実際それやっている人の方が強くなったりする。ただ全力を出すだけがトレーニングじゃないので。
パワーメーターは出し過ぎるのではなく、出さないようにするっていうのが正しいかもしれないですね。
前編 | 後編
福田昌弘
トレーニングスタジオ「ハムスタースピン」代表、日本スポーツ協会公認自転車コーチ。
大学院でペダリングの研究も行ない、海外の学会などでも発表を行っている。ただ自転車に乗るだけではなく、そのために必要な動作の解析やトレーニングを得意としている。
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