低価格帯のものも発売され、競技者だけでなく様々なサイクリストに普及が進んで来ているパワーメーター。
しかし、パワーメーターについてちゃんと理解が出来ていますでしょうか?
なんとなく「自分の脚に入れた力が数値化されている」といった認識の人も多いのではないでしょうか。
そんな方へ向けて「パワーメーターとは何か」を、自転車競技トレーナーの福田昌弘さんにお話を伺いました。
前編は「パワー」と「パワーメーターの構造」についてです。
前編 | 後編
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パワーとは何か
──基本的な話になりますが、まずパワーとは何ですか?
福田昌弘さん(以下、福田):毎回、鉄板ネタとしてやっていることがありまして、動かない壁を全力で押す場合と軽いものを触って少し動かす場合、どちらが大きなパワーか分かりますか?
──思い切り押しているので、壁ですか?
福田:違います。パワーというのは、どれだけ力を入れたかではありません。物理で決まっているので、その計算式を見ていけばわかります。
パワーは日本語で言うと「仕事率」です。仕事率というのは「力×速度」なんですね。だから、力を入れた相手が動いていないといけない。壁を押しても動かないということは、速度がゼロなので、パワーはゼロということになります。逆に、少しでも動いていれば速度があるので、パワーがあるということです。
では、どうやってパワーメーターはパワーを計っているかというと、「トルク×角速度」です。
トルクというのは回転させる力で、角速度というのはクランクが回転する速度です。トルクは軸からの「距離×力」です。
角速度は、自転車で分かりやすく言えばケイデンスですね。ケイデンスは1分間に何回回ったかですけど、60で割れば1秒間に回る速度ということになるわけですね。
これでパワーが計算できます。
──物理としてのパワーを理解していないと、混乱してきてしまいますね。
福田:これは日本語が良くないんですよ。
日本語の「力」はパワーであり、トルクであり、フォースなんですよ。色んな意味の「力」を脳内変換して「パワー」と思ってしまうと、間違ってしまう。でも海外の記事読んでても、なんかごちゃまぜになってますよ。パワーとトルクとフォースが。みんなよくわかってないんですよ。パワーのことを知りたいんだったら、トルク、フォース。この辺はしっかり押さえたいですね。
逆に「力」はふわっとした言葉なので、便利なんですけど。僕もよくわからなかったら、「力」って言葉をよく使います。
──脚に力を入れた分がパワーではなく、自転車を前に進ませる成分がパワーということですね。
福田:要するに、めちゃめちゃ力んで力を入れてても、クランクが回ってなければパワーはゼロワットなんですよ。逆に言えば小さな力でも、効率的にクランクを回せていれば、それなりのパワーが出るわけです。なので、パワートレーニングを行う時は、自転車の構造を考えて効率的なペダリングをすることが重要なんです。それを行っているのが、ハムスタースピンのトレーニングです。
──パワートレーニングを行うときは、力任せに行うのではなく、パワーが物理的にどうやって出るかを頭に入れておく必要があるということですね。
福田:そうですね。さらに詳しいことを言うと、接線と法線を考える必要があります。
接線と法線ですが、円と直線が1点で交わるところを接点といい、その直線を接線と言います。接線に90度に直交する線が法線です。これはそういうものなので覚えておいてください。
では、クランクで考えてみましょう。クランクを回す際、接線方向以外に力をに力を掛けても回らないですよね。回転する力は接線のみで、逆に接線以外のものが法線と考えてください。本当は違うんですけどそう考えてください。なので、法線方向にかかっている力は、トルクではないので、それは計算に入れたらだめです。
一番大きな勘違いは、クランクが上向きの時、ペダルが上死点にあるじゃないですか。これどっち向きに力掛けないとクランクがまわらないかといえば、接線方向です。横方向ですね。
よく僕が自転車のコーチをしているときに、縦に踏んでますよっていうんですけど、上死点から下向きに踏もうとしているんですよ。上死点から下向きに踏んだとしても、クランクを圧縮する方向に力掛けているだけで少しも回転方向には力加わってないんですね。これはパワーにはなりません。ちゃんと接線方向に力を掛けないといけないんです。
また、力の方向はX軸Y軸だけで考えがちなんですけど、クランクは3Dなので、Z軸方向にも力を掛けているんですよ。ねじる方向ですね。Z軸方向はすごいクランクが硬いので気が付いていないんですけど、意外とねじってるんですよ。
ねじる方向も回転する力とは関係ないので、効率的にパワーを出すのに重要なのは接線方向に力を入れていくということです。
パワーメーターの構造
──パワーメーターの構造について教えてください
福田:パワーメーターがパワーをどうやって測定するかというと、ほとんどの場合、電子体重計と同じことをやっています。中に板バネみたいなものが入っていて、そこにひずみゲージというセンサーが貼ってあるんです。体重がかかると板バネが曲がるので、曲がった量から重さを推測できるわけですね。ひずみゲージというのは、こういう感じのものです。ここに電流を掛けて、伸縮させると、抵抗値が変わるんですね。この抵抗の大きさからどれくらいひずんでいるかを計るんです。
──パワーは接線方向の力のみが影響するとのことでしたが、パワーメーターも接線方向のみを計測できるということでしょうか
福田:パワーメーターが本当によく出来ていれば、接線方向の力だけを計測出来るんですけど、そうではないものも多いです。簡単に言えば、法線方向の力を接線方向の成分として計測してしまっているんですね。それがよく言う、各パワーメーターの誤差に繋がるわけです。
特に安い価格帯のものや、市販品のクランクにセンサーを貼っているものは、怪しいものが多いです。
某社の工場見学をさせてもらったときに聞いたんですけど、その工場は数社のクランクに対して後付けでセンサー張り付けてるんですけど、シマノのクランクは、とあるメーカーのクランクより10倍くらい硬いらしいんです。そうすると、シマノのクランクには、10倍感度の高いセンサーを使わなければならない。
感度というのは、写真のISO設定を使ったことがありますか?ISOを上げていくと、どうなるか分かります?
──ノイズが増えますね
福田:そうです。感度が高いセンサーを使わないといけないということは、ノイズが増える、つまり精度が落ちるということになります。
頭の中でイメージしてもらいたいのが、飛び込み台ってあるじゃないですか。あれは大きな力だと大きく曲がる。でもシマノのクランクは硬い。そもそも自転車というのは硬ければ硬いほどいいわけです。必死こいて世代を変えるために剛性をアップしているわけですよ。
硬いってことは、飛び込み台みたいにビヨンビヨンならないわけですよ。ならないものを計らなきゃいけないのは、すごく難しいじゃないですか。なので、パワーメーターとしてはあんまりよい素材じゃないんですよ。
──パワーメーターとしては、柔らかければ柔らかいほど良い素材ということですか
福田:いや、それがそうとも限らないんですよ。掛けた方向に対して、期待するようにひずんでくれなければいけないんですよ。
──ねじれ等が発生して、正確に計れなくなってしまうわけですね
福田:そうです。接線方向ではない力も計ってしまう。シマノみたいに硬いと、ノイズが出てくる。
パワーメーターの種類
──パワーメーターにも色々種類がありますが、各パワーメーターの種類についてお伺いさせてください。
福田:僕は昔パワーメーター博物館と呼ばれて、ありとあらゆるパワーメーターを持っててですね。前回トレーナー博物館的なことも言った気がしますけど。要するに試すのが好きだったので、一通り試してます。
【クランク型パワーメーター】
──まずはクランク型のパワーメーターについて教えてください。
福田:クランク型は、先ほども言いましたけど他社製のクランクにセンサーを張り付けているものと、オリジナルのクランクにセンサーを付けているものの2種類があります。
たとえば、市販のクランクに後付けでセンサーを張り付けているものだと、左右特性が変わってしまうんです。なので、センサーを張り付ける位置とか、どんなセンサーを使うかとかすさまじいノウハウが必要になるんですよ。
怒られるかわからないですけど、今はなくなってしまった某国内メーカーのパワーメーターも、第一、第二世代までは、法線方向にかける力も接線として計算されていたんですね。ペダルの外側に力を掛けると、トルクが高くなったんです。友達とおもりをかけて実験して、おかしいよねってなって。メーカーまでいったら、こいつちょっと黙らせておこうかということで、次々パワーメーターを渡された気がするんですけど。
とにかく、後付けのパワーメーターはノウハウが必要なんです。
また、クランクが別メーカーだと、クランクメーカーが素材を変更したり構造を変えたりしたら、後付けのパワーメーターのメーカーにはわからないじゃないですか。そこも問題ですよね。
では、オリジナルのクランクにセンサーを付けているものはどうかというと、ひずむところを自分で用意できるのが強いんです。パワーメーター専用にクランクの特性を作ることができる。
精度を謳っているInfocrankは、実際には使ったことはないですが、構造を見る限り良さそうですよね。左右の構造が同じのため特性も同じなので、左右バランスも比較的正確に取れるでしょうね。
シマノさんも必死でやっていて、9200のパワーメーターは面白いですよ。
パワーメーター専用のクランクにしているので、ひずむ場所をちゃんとつくってあります。さらに、ひずみゲージを片側で12個使っているんですよ。接線方向と法線方向だけじゃなくて、斜めに計ったりとか。12個から計算するのって大変なんですよ。それは値段も高くなるなって思います。
【ペダル型パワーメーター】
──ペダル型のパワーメーターについてはどう思いますか?
福田:ペダル型は、キャリブレーションが上手くできれば接線方向の力も、クランクの回転速度も測定しやすいと思うのですが、物理的に小さいですし、そう簡単にはいかないと思うんですよね。ソフトウェアの工夫で実現している部分も大きいのではないでしょうか? 実際にAssiomaなどは精度もよいですよ。
ペダル型のパワーメーターの何が良いかというと、左右同じ構造なんですよ。だから、左右のバランス計るのには最高なんですよ。左右バランスってものすごくセンシティブじゃないですか。信じられないと嫌じゃないですか。
例えば、市販のクランクに後付けしている商品とか、左右で特性ちがうんだから、そんなにうまく左右バランス計れんのかよ、おい。という気持ちが常に心の中にあるわけですよ。
ただし、デメリットとしては、ペダル型のデメリットとしてはだとペダルヒットしやすいんですよね。耐久性という面でも、あまり僕は信頼していないです。
【スパイダー型パワーメーター】
──スパイダー型についてはいかがですか?
福田:老舗のSRMをみると分かるんですけど、SRMはスパイダーにわざとひずむところを作っているんですよね。柱が4か所あって、柱に左右からひずみ計が貼ってあるんですね。なので、安定してトルクが測りやすい。
SRMは回路の大半がアナログで、基本構造が昔から変わっていないんです。力をかかる部分に関しては、一番進んでたと思っています。
スパイダー型はクランクの捻じれ方向の力を検知しないという点でも良いと思います。
ただし、スパイダー型の場合は、左右のバランスというのが正確には測れないんですよね。スパイダー型は左右から加わる力を分離して計測出来ないので。
【理想のパワーメーターとは】
──理想のパワーメーターとはなんだとおもいますか?
福田:1つの答えとしてシマノさんが出してきてると思うんですけど。自分のところで最高級のクランクを作って、それに対してひずむところ作って、センサー自社開発して、そこまでお金かけられたらいいかもしれないですけどね。
Infocrankもよさそうですね。僕はInfocrankは使ったことないんですけど、構造見てる限りは良さそうですし。少し前は、ヨーロッパの選手が精度が高いからInfocrankを付けろってコーチに言われて付けてたとか言われてたみたいですけどね。
前編 | 後編
福田昌弘
トレーニングスタジオ「ハムスタースピン」代表、日本スポーツ協会公認自転車コーチ。
大学院でペダリングの研究も行ない、海外の学会などでも発表を行っている。ただ自転車に乗るだけではなく、そのために必要な動作の解析やトレーニングを得意としている。
福田昌弘 著 『ロードバイク スキルアップトレーニング』も好評発売中!