東京都立川市、多摩川サイクリングロードに直結する、旧多摩川小学校を利用した文化創造のための活動拠点「たちかわ創造舎」。そのサイクル・ステーション事業として運営されている自転車ショップ「TRYCLE」は、今までにない新しい形の自転車ショップとして2020年に開始しました。
自転車販売が中心としている従来のショップの形態を取らず、「自転車のソフトを作る」というコンセプトに様々なサービスを展開しています。また、GROWTACの体験型ショースペースとして「GROWTAC CONNECT」の運営もしています。
「自転車のソフト」とは何なのか、そのコンセプトから展開するサービスについて、TRYCLE代表の田渕君幸さんにお話を伺いました。後編では、ハードとソフトの融合したサービスについて、GROWTAC CONNECTについてお話いただきました。
◆ ◆ ◆
“ユーザーファースト”のショップでありたい
──ハードのお話をしていただきましたが、サイクリング・エクスプレス*さん等の海外通販との提携も行っていますよね
田渕君幸さん(以下、田渕):そうですね。ホダカで営業していて感じたこととして、どうも自転車屋さんは昔ながらな関係といいますが、そういうものが深く根付いているとしみじみ感じていて。
「付き合いがあるから仕入れている」だとか「ノルマがある」だとかですね。
そういうことに縛られてしまって、ショップは「メーカーのために物を売る」という構図になっているように感じます。しかし、メーカー都合でショップがモノを売るのは、ユーザーファーストな仕組みではないなと思います。
家電もそうですが、従来は家電量販店や町の電気屋さんに行って買うのが一般的でしたけど、今はAmazonだとかECサイトの普及でネットで買うことが多い時代になってしまったじゃないですか。実際、その波は抑えられないと思っています。
小売りの業界が厳しい今、他とは違うことをしないとビジネス的にも伸びないだろうなと。そこを考えると、やっぱりTRYCLEが立つべきはユーザー側であるべきだと考えました。
サイクリング・エクスプレスさん等の他の通販さんと提携するというのは、メーカーや代理店からすると面白くないとは思いますが、実際に利用者がいて、困っている人がいると考えると、そこに自分たちが助けてあげるべきだとおもっていて。
また、ビジネス的に考えても悪くないと思っています。資金を云千万かけて、在庫をそろえて、契約そろえてとやっても、先にショップを開かれている諸先輩方には追いつくのは難しいと思います。後追い後追いになってしまって、なかなか追いつけないですし、追いついたとしても同じラインにしか立てないんじゃないかと。
正直、今は大きなブランドのノルマを達成できるほどの資本力もありませんし、大きなショップさんには太刀打ちできません。
その中で生き残っていくには、アイディアや違う切り口でやっていかないといけないなとおもっているので、海外通販とも上手く付き合っていく道を選択しました。
今まではメーカーさんから鎖国されてしまうから、あまり手を付けられなかったと思うのですが、そういったしがらみのない自分たちがあえてそこへ挑戦して、自転車ショップとしても黒船的な存在になるという意気込みでやっています。
TRYCLEは海外通販のサイクリング・エクスプレスをはじめ他の通販サイトでももちろんOKですし、メーカーであれば直販しかやっていないキャニオン等も、どんな持ち込みでも喜んで組み換えや整備をやります。
後でお話する「委託販売」も、何でも受け入れる体制が出来ているからこそ可能なサービスだと思いますので、そこは積極的に推していきたいと思っています。
*サイクリング・エクスプレス:台湾にある自転車用品の大手海外通販。
──新車は取り扱わないのですか?
田渕:たくさんの在庫を抱えるということは今のところ考えていませんが、もちろんTRYCLEが扱えるメーカーであれば、フレームでも完成車でも、注文販売は受け付けていますよ。
──いまはフレームメーカー主導で自転車のパーツも専用品が多くなってきています。しかし、自転車はいろんなパーツを集めて、自分好みの自転車を作り上げるという楽しみもあると思いますが、そこについてはどう思いますか?
田渕:メーカーの完成車という形が多くなってきて、それはもちろん安くて速くて良いものだと思いますが、それだとメーカーの提案した遊び方に沿って自転車に乗ることになってしまいます。TRYCLEでは、まずお客様に「どんな走り方をしたいですか?」と聞きます。例えば、レース、ロングライド、オフロード、色々やりたいことを聞いた上で、お客様の予算に合わせて最適な自転車の提案をしていきます。その走り方と予算であれば、フレームはこれ、パーツのアッセンブルはこれと、一つ一つ細かく提案していきます。オーダーメイドとは言いませんが、セミオーダーくらいの感覚で。その人自身に合った遊び方があって、その目的に合った自転車を提案していくのが、本来あるべき姿なのかなと思っています。
また、TRYCLEはメーカーや代理店による影響がないので、フラットに提案が出来ます。やはり、ノルマ等があるとどうしてもそこに引っ張られてしまうところがあると思いますが、それがないことによって、お客様の理想の楽しみ方を実現するためだけを考えればよいので、こちらとしてもとても接客しやすいです。もし、予算が合わなければ「委託販売」のものの使用を提案したりと、柔軟に対応できます。
逆に、偉そうにソフトソフトと言ってきましたが、TRYCLEを始めてから気が付いたことがあって、みなさんハードが好きなんですよ(笑)。自分はあまりハードにこだわらない人間だったのもあり、「自分はこういう走り方をしたい」「あそこに行ったら楽しい」といった乗る事自体が第一でしたが、それだけじゃなく、自転車というハード自体に拘りと愛着を持つ方というのは自分の想像よりもはるかに多かったです。
メカニックのノリさんが色んなパーツに詳しいので助かりました。お客様のやりたい遊び方に適した細かい提案できるのというのは、強みだと思います。
ソフト担当で走る自分、ハード担当でメカのノリさん、凸凹コンビによって、上手くソフトとハードの融合が出来ていると思います。
自転車界の「メルカリ」というソフトの役割を担う
──お話しの中に出ていた「委託販売」について教えてください。
田渕:TRYCLEでは、個人のお客様から製品を預かって、委託販売を行っています。これを始めるキッカケとなったマインドはだいぶ昔で、自分が小学生のころまでさかのぼります。
小学生のころ、自分は遊戯王等のカードゲームがめちゃくちゃ好きで、カードショップをたまり場にして友達とデュエルしてたんですね。そこのカードショップが、委託販売としてショーケースを場所貸しするから、自分で値段を決めて売っていいと。そういうサービスをしていたんです。
小学生ながら、自分でカードの値段設定して、ショーケースに置くわけです。
そうすることで、自分の商品が売れたかどうかが気になって毎日のようにカードショップへ通ってしまいました。それがすごく楽しかったイメージがずっと残っていて。
それが実現出来たらと思い、この委託販売を始めました。
今はメルカリやヤフオクでインターネット上での個人売買というのも一般的ですけど、自転車や自転車のパーツって写真だけじゃわからない部分も多いじゃないですか。命を預けるものなので、本当に使える状態なのかどうかの確認が出来ないと不安です。
この委託販売は、売り手も楽しく、買い手も安心。お互いにメリットがあります。
──売り手側としても、愛着持った自転車をだれか分からない人に売るよりも、信頼できるショップを通して使ってもらった方が、気持ちよく売り出せる面もありますよね。
田渕:そういう面もあると思います。今のところTRYCLEに来ていただいている人たちは、皆さん真摯に自転車を始めたいと思って来ていただいている人ばかりで、愛着あった1台が良い人に渡ってくれるので、売り手の人も安心して手放せると思います。TRYCLEとしても、人と人とがつながるベースとしての機能にもなっているので、嬉しいことですね。
また、普通に中古屋さんに買い取ってもらう場合、もちろん商売なので結構買いたたかれたりしてしまう場合があります。でも、ユーザー側としては「自分の愛車はこんな金額なのか」となるよりは、自分で値段決めて売れたほうが、より納得感がありますよね。
そういう意味でも、売り手も、買い手も、両方が笑顔になってくれるので、とてもいい仕組みだなと我ながら思っています。
もう一つビジネス的な観点からお話ししますと、先ほども言った通り自分たちは資本力がないので、在庫を置けば置くほど、リスクとなってしまいます。でも、ショップに行っても何もないというのは、寂しいものです。しかし、委託販売では仕入れ値がゼロなので、リスクなく商品を置けるので、お店も華やかになります。
かわりに委託販売手数料も1割なので、純粋な売り上げとしては微々たるものにはなってしまいますが、そこでメカニックがいることによって、組み替えやメンテナンスをお任せいただくことによって、作業工賃というマネタイズに加えて、引き続きお客さんがTRYCLEに来てくれるというメリットもあります。
これもハードとソフトの融合の1つですよね。
GROWTAC CONNECTについて
──GROWTAC CONNECTをCYCLE GATEから引き継ごうと思ったのはなぜですか
田渕:試乗できる場所が少ないからです。製品の良さとしては周りの評判で知っていたこともあり、注目度の高いローラーなのに試乗できる場所が少ないのは、顧客獲得のチャンスも多いということだと思いました。また、TRYCLEを始めるにあたって、どこかのメーカーとも提携したいと思ったときに、二戸監督とのつながりもあって近しい関係だったというのもあり、木村社長を紹介していただいて快くOKしていただいたので、こういった形になりました。
──正直なお答えありがとうございます(笑)。他にGROWTACに何か思う点はございますか
田渕:良いと思っている点としては、ユーザーに近いところだと思っています。SNS等を使って交流している自転車メーカーさんも増えてきましたが、GROWTACはその中でもかなり積極的なほうだと思います。ユーザーの声を聞いて反映させるまでが早い。それは国内メーカーの強みだと思います。
──GROWTAC CONNECTを始めて、TRYCLEにとって効果はありましたか
田渕:これは自分の予想を遥かに超えていたんですけど、GROWTACのウェブサイトにTRYCLEを掲載していただいているので、そこからGT-Rollerを試乗したいと問い合わせていただき、実際に来店までしてくれる方が多いです。それをきっかけにTRYCLEを知っていただけるというパターンになっており、助かっています。それは、他の提携している企業さんに比べても、影響力が一番あるのはGROWTACです。
──製品の反応はいかがですか
田渕:問い合わせが一番多いのはGT-Roller T1です。GT-Roller F3.2はすでに浸透していることもあり、友人が持っているとか他のショップにもあるという理由からか、そこまで多くはありません。その中でGT-Roller T1は置いてあるショップも少ないので、「乗ってみたい」と問い合わせいただくことが多いです。
あとはGT-eSlope-Qですね。こちらも試乗できるショップが少ないですし、非固定式のローラーで上下する製品は他にないので、皆さん乗ってみると「うおー上がった!下がった!」と楽しんでもらってますね。
TRYCLEは「指名される店」になる
──ほかに、現在やられているサービスはございますか?
田渕:一番人気のサービスは、洗車サービスですね。休日だと朝から日が暮れるまで洗車することもあるくらいです。
あとはレンタルサービスをやっています。今はカーボンホイールのレンタルのみを行っているのですが、今後は飛行機用の輪行袋のレンタルを始めようと思っています。というのも、決戦用ホイールや飛行機用の輪行袋は、登場回数が少ないものをみんながみんな買えるかというと、実際は厳しいという人も多いです。
現在はレンタルやシェアというサービスが一般化してきていることもあり、自転車関連用品も、必要な時にだけ使えるといったレンタルサービスは広げていきたいと思います。
最後に代車サービスです。
ここTRYCLEは立地が良いと言ってきましたが、ある面から見ると悪いです。それは、サイクリングスポットとしては多摩川サイクリングロード直結なので良いですが、メンテナンス業務としては駅が遠くて非常に利便性が悪いです。
車で来られる方は、駐車場が豊富にあるので良いのですが、自転車でメンテナンス目的にここまで来てもらうと、自転車を預けた後に家に帰る手段がないんです。
そうすると、ここ近隣の人か車を持っている人しかTRYCLEに自転車を預けられないことになってしまうので、自転車で来た方には車の車検のように、代車を用意するということを試験的にやっています。預けている間は代車に乗っていいですよと。
──今までは近さという要素がひいきの自転車ショップを決める大きな要因でもあったと思うのですが、このようなサービスでお客様が積極的に好きなお店を指名できるような選び方が出来るようになるのは嬉しいと思います。
田渕:「店を指名する」いいコンセプトですね。TRYCLEは「指名される店」になる。いただきました(笑)。
GROWTAC CONNECTを運営していただいている自転車ショップ、TRYCLEのインタビューでした。
自転車のソフトを作るということを掲げつつも、通常の自転車ショップとしてもユーザーファーストを掲げ、お客様に対して様々な「楽しみ」を提供しているTRYCLE。
買うだけじゃなくて楽しいショップにお世話になりたい、海外通販で揃えてしまったけど自転車を見てもらいたい、そんな人たちには是非TRYCLEへお越しください。
サイクルステーションとしての「自転車のソフト」も今後広がっていくので、近くに来ることがございましたら、是非コーヒーだけでも飲みにTRYCLEへ寄ってみてはいかがでしょうか。
きっと、楽しい自転車の体験を提案してくれると思います。
田渕君幸
大学時代に「弱虫ペダル」をキッカケに自転車に熱中。卒業後は自転車メーカーに就職後、発信者としてSNSを活用。2018年「J PRO TOUR」に参戦。2019年には「アメリカ大陸横断」を達成。 帰国後2020年に東京都立川市にて自転車ショップ「TRYCLE」を設立。