東京都立川市、多摩川サイクリングロードに直結する、旧多摩川小学校を利用した文化創造のための活動拠点「たちかわ創造舎」。そのサイクル・ステーション事業として運営されている自転車ショップ「TRYCLE」は、今までにない新しい形の自転車ショップとして2020年に開始しました。
自転車販売が中心としている従来のショップの形態を取らず、「自転車のソフトを作る」というコンセプトに様々なサービスを展開しています。また、GROWTACの体験型ショースペースとして「GROWTAC CONNECT」の運営もしています。
「自転車のソフト」とは何なのか、そのコンセプトから展開するサービスについて、TRYCLE代表の田渕君幸さんにお話を伺いました。中編では、具体的な「自転車のソフト」の構想についてお話いただきました。
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ただ走るのではなく「走る目的」を提供する
──「自転車のソフト」とは具体的にはどんなことを行うのでしょうか?
田渕君幸さん(以下、田渕):まず、一番わかりやすいのはライドツアーですね。田渕が先導して、コースを引いて、みんなで楽しくサイクリングをする。そもそも、現役時代から自分はいろんな人と走るのが好きで、知り合いをどんどん誘って、いろんな人と走らせてもらったんです。
その楽しさを伝えられる事業にできたらと前々から思っていました。今は、リンケージサイクルさん等がガイドツアーを事業にしていらっしゃいますし、実際に需要はあると思っています。
ただ、それにはまずサイクリストが集まることのできる基地が必要だと思っていたので、多摩川サイクリングロード直結のこの場所はまさに丁度よかったんです。TRYCLE発着の基地として、ライドツアーを企画運営していこう。これがTRYCLEの根本です。
もう一つは、ガイドを伴わないロングライドイベントですね。参加料をいただいて、設定したルートにみなさんに走ってきてもらい、無事完走出来たら認定書やメダルの景品をお渡しするような、既存のロングライドイベントと似たようなものですね。
モンスターハンター*ってやったことありますか?モンスターハンターって、集会所があって、そこでクエストを受注して、みんなでモンスターを倒しに行くぞって酒場で盛り上がって、モンスターを倒しに行く。そんなゲームなんですけど、まさにそんな場所を作りたいと思っています。
集会所や酒場がここTRYCLEで、クエストが設定したルートで、みんなで峠というモンスターを倒しに走りに行く。みたいな感じです。もちろんルートにも難易度があって、和田峠へのルートは★いくつのような形で決まっていて、自分の実力に見合ったクエストを選んでもらうような。ルートの設定はTRYCLEだけじゃなくて、お客様からもルートを作ってもらったりできるようにして。
──お店の外側にある大きな地図はこちらに活用されているんですか?
田渕:そうですね。そこがクエスト受注の張り紙スペースのようにして、「このルートは大変だな」「前走ったことあるルートだ」とか言いながら、お客様同士でルートを検討したり、クエストを受注したり、そんなコミュニケーションが出来る場にしたいです。
ただ走るのではなく、このような難易度のあるルートをこなす等の遊び要素があることによって、より楽しくサイクリングが出来るようになります。この遊び要素から「走る目的」を持たせてより自転車を楽しんでもらうのが「自転車のソフト」の1つの形だと思っています。
今は新型コロナウィルスの関係もあって、大きな企画を立てられてはいませんが、すでに「TRYCLEという基地」は出来たので、これからというところですね。
まずは、似たようなイベントとしてツール・ド・ニッポンさんが現在行っている「サイクルボール*」というイベントがあり、TRYCLEもそれに賛同していて、賞品として洗車サービスを提供しています。
*モンスターハンター:カプコンから発売されているハンティングアクションゲームソフト。他のプレイヤーと協力して強大なモンスターに挑むマルチプレイが特徴。
*サイクルボール:一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパンが行っている、日本中に散らばった7つのサイクルボールを集めるサイクリング・クエストというコンセプトのサイクルイベント。
サイクルステーションの形でコミュニティを作る
田渕:TRYCLEは基地なので、コミュニティというソフトも提供したいとも思っています。TRYCLEの主催するイベントに参加しなくても、サイクルステーションとして人と人とがつながる場所として運営していきます。
まず、直近でやりたいことは「カフェ」を作りたい。現在は瓶コーラ等の蓋のついたものしか提供できていませんが、ここは元小学校で給食室があるので、そこを使ってコーヒーを始め、ケーキとかパスタ等を「モーニング」で提供したいです。
なぜ「モーニング」なのかというと、現在は朝11時開店なので、朝の早いサイクリストの皆様の集合場所にはならないんです。例えばCross Coffee*さんは、朝7時からやっているのですが、その時間から開店していることでサイクリストの集合場所になっているんです。
だから、TRYCLEも朝早くから飲食を提供することで、「とりあえずTRYCLE集合ね」ということがサイクリストの間で当たり前になってほしい。そうなれば、サイクルステーションとしての機能がどんどん広がっていくんです。
ここ、たちかわ創造舎には駐車場もシャワーもあるんです。だから、都心から車で来て、モーニングを食べて、自転車で走ってきて戻ってきて、シャワーを浴びている最中に洗車して、体も自転車も綺麗にして。何か不具合が出たら、メカニックにメンテナンスしてもらう。いいですよね。ここですべてが完結します。
*Cross Coffee:サイクリングウェアの販売を主とする株式会社Champion System Japanが運営するカフェ。多くのサイクリストが走る、多摩川サイクリングロードと尾根幹線がつながる矢野口駅から徒歩3分の場所にある。
──初心者の方にも参加しやすそうですね。
田渕:例えば、初心者の方がロングライドをする場合、知らないコースやパンク等の故障のリスク他、いろんな不安を抱えて走っていると思います。そこにライドツアーでガイドがいて、いざとなればサポートもしてもらえ、戻ってきたら整備もしてもらえて、となれば安心して走りに行けますよね。
レンタルバイクも揃えている最中で、自分の自転車すらなくても楽しめるように環境を整えて、ソフトの提供をしていきます。このような本来のサイクルステーションとしての形を、近日中には実現させるつもりです。
自転車界のお祭り男
田渕:あとは、TRYCLEのチームを作ろうと思っていて。クラブチームと本チームに分けて、それぞれで輪を広げていきたいと思います。
クラブチームの方は、ライドに行ったり、エンデューロに出たり、レースのアテンドしたりはもちろん、ここでバーベキューをしたり、すこし出てキャンプをしに行ったりとか。自転車を通じて、自転車以外の遊びも共有できるようなコミュニティとしてのチームにしていきたいですね。リアルなつながりだけでなく、オンラインサロンとしての活動もして、どんどん人と人がつながって輪が広がればいいと思っています。
本チームの方は、「自転車界のお祭り男」みたいな、そんなチームにしたいですね。特に、世界各国の自転車イベントに参加するチームにしたい。というのも、アメリカ横断を通じて、アメリカのいろんな自転車イベントを見たり参加したりしてきたんです。プロレースだけじゃない、市民レースやマウンテンバイクのイベントもたくさんありました。それらが本当に楽しくて、そういうところに「よし、いくぞ!」と積極的に参加しにいって、Youtubeに「今日はアメリカの○○に来ています!」みたいな動画を上げて、SNSを通じて皆さんに届けたりできれば面白いじゃないですか。
海外のイベントに出たくても一人だとハードルが高いですが、チームでみんなで行けば怖くないですし、海外のイベントの魅力を日本のみなさんに伝えれば、出てみたいという方も増えていくと思います。
そういった機会を提供することも「自転車のソフト」の1つなのかなと、思っています。
他にも、Cycle GATEでやっていたローラー台のトレーニング講習会や、ZWIFTを使ったオンライン配信コンテンツ等、やりたいソフトはたくさんあります。
ハードとソフトを繋げる
──ソフトを中心に伺ってきましたが、メンテナンス等もやられていますよね?
田渕:実はTRYCLEを始める話が来たときは、当初は一人でやるつもりだったんです。今まで言っていたようなソフト中心のガイドツアーよりのお店にしようとしていて、今みたいな自転車ショップ形式は考えていませんでした。しかし、なるしまフレンド立川店の閉店を始め、立川市内の自転車屋さんが結構なくなってきているということで、メカニックロスといいますか、立川周辺の自転車乗りの方々が頼れる自転車ショップが減っているとの話を聞いたんです。
ゲームもそうですが、ソフトをやるにはまずハードが必要です。そのハードがなければソフトは出来ないですし、遊ぶソフトを提案する中で遊ぶハードもトータルで提案できてこそじゃないかと考えを改めたんです。そこで、急遽TRYCLEに参加してもらったのが、メカニックのノリさんです。
自分もある程度は整備は出来ますが、メカニックを専門とするには厳しいところもあり、なによりソフトに集中したい。誰か任せられる人がいればと思って、知り合いに紹介してもらいました。紹介してもらったのが1月なので、実はまだ出会って半年だったりします。TRYCLEが出来る直前、なんなら既に着工が始まっている中、参加してもらいました(笑)。
こうしてノリさんに参加してもらったことによって、出来ることが広がりました。メカニックがいることで、自転車自体の販売やメンテナンス、後で詳しくお話する委託販売等も行えますし、自転車屋としてお客様との接点が増え、またそこから自分のやりたいソフトにも繋がっていくということが分かりました。
(後編へ続く・・・)※8/28更新予定
後編は、ハードとソフトの融合したサービスについて、GROWTAC CONNECTについてをお話いただきます。
田渕君幸
大学時代に「弱虫ペダル」をキッカケに自転車に熱中。卒業後は自転車メーカーに就職後、発信者としてSNSを活用。2018年「J PRO TOUR」に参戦。2019年には「アメリカ大陸横断」を達成。 帰国後2020年に東京都立川市にて自転車ショップ「TRYCLE」を設立。