東京都立川市、多摩川サイクリングロードに直結する、旧多摩川小学校を利用した文化創造のための活動拠点「たちかわ創造舎」。そのサイクル・ステーション事業として運営されている自転車ショップ「TRYCLE」は、今までにない新しい形の自転車ショップとして2020年に開始しました。
自転車販売が中心としている従来のショップの形態を取らず、「自転車のソフトを作る」というコンセプトに様々なサービスを展開しています。また、GROWTACの体験型ショースペースとして「GROWTAC CONNECT」の運営もしています。
「自転車のソフト」とは何なのか、そのコンセプトから展開するサービスについて、TRYCLE代表の田渕君幸さんにお話を伺いました。
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『弱虫ペダル』からJプロツアーへ
──まず田渕さんの自転車に乗り始めたキッカケを教えてください
田渕君幸さん(以下、田渕):自分は小学生から高校生までずっとテニスをやってて、高校も結構強いテニス部にいたんですが、高校二年生で挫折しちゃって。その後はフラフラしてたんです。大学に入ってなにかやりたいなと思っていたときに、『弱虫ペダル』にはまったんです。「ロードバイク、これは熱いぞ!」って。
元々、自転車乗るのは嫌いじゃなかったですが、弱虫ペダルがキッカケでスポーツバイクを購入し、最初は通学するのも楽しかったです。それから徐々に距離が伸びていって、旅したりレース出たりと広げていきました。そこで、「自転車には色んな遊び方があるんだ!」と思ったんです。それが自分の自転車に対する考え方のベースになっています。
──どのようなレースに出場していたんですか?
田渕:人生初めてのレースとして、2013年にJCRC*に参戦しました。西湖で行われていたXクラスでしたね。当時、大学生の自分はサイクリング部だったんですが、結構強かった自転車競技部のメンバーとも一緒に練習していたので、それなりに自信があったんです。気合入って、部活のジャージ着て、ローラーでウォームアップして、「よーし行くぞ!」と。スタートラインに並んでみると、周りはデブとかガリとか、その服で出るの?っていうような、見るからに初心者っぽい感じで「これは勝ったな」って思って。
いざ走ってみるとぜんっぜんダメで(笑)。馬鹿にしていたデブやガリの人たちに速攻で千切れて。「俺弱えぇ」って本当にショックでした。クラス分けの結果は一番下のFクラスで、現実を突きつけられましたね。
余談ですけど、当時のJCRCではTeamUKYOの横塚選手とも一緒に走っていて、下の方のクラスで負けて泣いて帰るみたいな感じだったんですよ。それが去年の全日本自転車競技選手権大会では3位で、本当にすごいと思います。他にもSクラスには、後のイナーメ信濃山形のチームメイトでもある中村龍太郎選手も走っていましたね。
*JCRC:1980年から行われている、日本サイクルレーシングクラブ協会が主催する関東地方を中心に行われている自転車レース。SからFクラスまであり、Xクラスは、JCRCに出場する際に、クラス分けするために最初に走るレース。
──そこからどのようにJプロツアー*に参加したのですか?
田渕:このように市民レースに出場しているうちに、レースについて興味を持ってYoutubeで調べてみると、当時のJプロツアーのダイジェストが上がっていて「これカッコいい、やりたい!」ってなって。これに参加するにはチームに入らないといけないということがわかって、大学の先輩の伝手で立川に新たな地域密着型の実業団チームが出来ると紹介されて、そのチームに入ったんです。それが東京ヴェントス*でした。当時まだ東京ヴェントスもエリートチームで、自分はE3を走ってました。その年に東京ヴェントスが年間優勝して、P1に昇格したんですが、自分はまだE3で全然歯が立たなくて、オフの冬にめちゃくちゃ練習したんです。そうしたら、翌シーズンにE3で入賞、E2で勝ってE1にトントンと上がったんです。そこで、二戸監督に「Jプロツアーで走らせてほしい」と頼み込んで、半年間だけJプロツアーで走って、学生時代を終えたという感じです。
その後、就職は自転車関連の仕事にしたいと思っていて、実は二戸監督に東京ヴェントスの運営に関わらせてほしいとお願いしたんですけど、「社会人として2年くらい積んでから、こっちに来なさい」と断られてしまったんです。それでも自転車関連の仕事がしたいと思って、ホダカ*に入りました。社会人になってからは、Jプロツアーチームですとイナーメ信濃山形で走らせてもらっていました。
*Jプロツアー:全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)が運営する、日本最高峰のトップチームによって争われる自転車ロードレースの年間シリーズ戦。JBCFでは初心者から未来のプロを目指すライダーのための「J エリートツアー」等のレースも運営している。
*東京ヴェントス:2014-2019年まで活動していた、東京多摩地域をフィールドとして活動していた地域密着型プロサイクリングチーム。グロータックは、サプライヤーとしてGT-Rollerシリーズを提供していた。
*二戸康寛:現在はレバンテフジ静岡の監督を務める。東京ヴェントスを立ち上げ自転車ショップ Cycle GATE Tamagawaも運営していた。選手時代には日本鋪道レーシングチームに所属していた。
*ホダカ株式会社:日本の自転車メーカー。マルキン・コーダーブルーム・ネスト・サードバイクスの4つのブランドを展開している。軽快車からスポーツバイクまで、幅広いラインナップを持つ。
TRYCLEは”自転車のソフト”を提供するショップ
──なぜ、TRYCLEを始めようと思ったのですか?
田渕:大学卒業してからは、ホダカで営業をしていたのですが、アメリカ横断という馬鹿げたチャレンジをしたいと思い退職し、2019年4月に開始しました。約3か月で、サンフランシスコからボストンまで移動し目標を達成して、7月に帰国しました。
帰国後は全く自転車とは別の業界に入ろうと思っていて、実はメディア系の会社へ内定も決まってたんです。
アメリカ横断中、二戸監督から連絡があって「帰ってきたら話がある」と言われて、ふらっと当時のCycle GATE*に行ってみて話を聞いてみると、Cycle GATEがなくなってしまうということでした。しかし、立川市としては今後もサイクルステーションとして活かしたいということで、「田渕、ここをつかって何か面白いことやってみないか?」と二戸監督からお話をいただたのがTRYCLEを始めるキッカケです。ここで、就職前に二戸監督に頼み込んだことがつながったんです。
──ということは、お話がなければ自転車業界からは離れるつもりだったのですか?
田渕:いえ、後でお話するのですが、前々から”自転車のソフトを作りたい”という想いがずっとありまして、今後も自転車の仕事をしていきたいとは思っていたんです。しかし、自転車業界以外に関わったことがなかったので、今後自転車業界に貢献していくのであれば一度外の世界も知るべきだと思って、武者修行のつもりで別業界に飛び込んでみようと思っていたんです。
そこに、今回このような機会をもらったので、このチャンスを活かして自分の想いを実現できるのもアリだと思い、内定をいただいていた会社を断って、後のTRYCLEとなる自転車ショップを立ち上げることに挑戦しました。
そのため、自転車ショップを立ち上げるために自分で物件を探して、というような一般的な流れではなく、この「たちかわ創造舎*」「Cycle GATE」という”場所ありき”での開始だったんです。
*Cycle GATE Tamagawa:現在のTRYCLEのある場所で営業していた自転車ショップ。東京ヴェントスの拠点でもあったが、東京ヴェントス解散に伴い2019年12月に閉店。
*たちかわ創造舎:閉校した多摩川小学校の校舎や体育館などを活かし、オフィスや映画撮影等のロケーションとして貸出事業等を行っている。TRYCLEはこの「たちかわ創造舎」のサイクルステーション事業の一環として営業している。
──この場所だからこそ出来ることを最初から考えられていたんですか?
田渕:そうですね。Cycle GATEは自分が東京ヴェントスに所属していたときから、ずっと関わってきた場所ですし、ここがどういう場所で、どんな思いが詰まっているかというのも理解していたつもりです。
正直言えば、Cycle GATEはあまり盛り上がっていなかった印象です。後で二戸監督に怒られそうですが(笑)。当時は東京ヴェントスのアジト的な感じで使われてしまっていて、それが悪いわけではないですが、たちかわ創造舎の掲げるサイクルステーションとしての役割を担えていたかというと、そうではなかったと思います。
多摩川サイクリングロード直結ということもあり、やはりサイクルステーションとしてのポテンシャルは秘めていると感じていて、自分がやりたい”自転車のソフト”という部分を繋げて考えてみると、普通の路面店として自転車ショップを構えるよりも、この立地はこのまさに最適な場所なんじゃないかと思って、「これはやるしかない」と。
──その”自転車のソフト”というのは、どういった考え方なのですか?
田渕:“自転車のソフト”というのは、自転車というハードを買った後のこと、つまり自転車の「使い方」や「遊び方」のことです。
ホダカで営業をしていたときの話ですが、色々な自転車ショップを回らせていただき、多くの店員の方とお話させていただきました。そこで感じたのは、多くのショップは自転車を売ること、例えば「自転車が欲しいです」「どういうことがやりたいですか?」「ロードバイクに乗りたいです」「予算内であればこれがおすすめです」等といった、モノ、いわゆる”ハード”の魅力を伝えて販売することが得意なんです。そこはすごいと思っているのですが、お客様が自転車を買った後、例えば、通勤だったら「どう通勤すればより楽しく、より快適に乗れる」ロードバイクなら「どうロングライドしたら楽しいか」といった遊び方の部分を提案するような、”自転車本来の楽しみ方、遊び方”の部分をしっかり教えているところは、なかなか少ないなと思っていました。
自転車って楽しみ方って本当に多種多様じゃないですか。機材だけでもロードバイク、マウンテンバイク、BMX等があり、そこからまた多種多様な遊び方があるわけですよね。その遊び方をもっと教えてあげることが出来れば、自転車をもっと多くの人に楽しんでもらえるのではないかと。それこそ、今はモノが売れない時代ですし、その遊び方等の”ソフト”となる部分をマネタイズ出来れば、自転車業界に新たな方向性として盛り上げることができる。そんなことをぼんやり考えていました。その思いを実現するために、自分が発信者として何かできないかと考えたときにYoutubeを活用していきたいと思って、大きな企画として「アメリカ横断をしよう」と思ったんです。
“自転車のソフト”をゲームに例えると、今までの自転車屋さんはプレイステーションを中心に売っていたのですが、自分はメタルギアやファイナルファンタジーを作っていきたいということです(笑)。
(次回へ続く・・・)※8/21更新予定
次回は、「自転車のソフト」としての様々なサービスについてお話いただきます。
田渕君幸
大学時代に「弱虫ペダル」をキッカケに自転車に熱中。卒業後は自転車メーカーに就職後、発信者としてSNSを活用。2018年「J PRO TOUR」に参戦。2019年には「アメリカ大陸横断」を達成。 帰国後2020年に東京都立川市にて自転車ショップ「TRYCLE」を設立。